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2009年1月22日

2009年1月22日 (木)

ガザで医療支援の日本人、惨状を語る(JNNニュースより)

 オバマ新大統領にとって緊急の課題となったパレスチナ自治区、ガザ情勢。現地で医療支援を行っていた日本人医師が帰国し、ガザの惨状について初めて口を開きました。

 「爆撃の恐怖は、一生忘れられませんよ。今ここに足が生えているのが信じられないぐらいです。生きて帰ってこれてよかった」(桑山紀彦さん

 ガザ地区を定期的に訪れ、医療支援をしてきたNPO「地球のステージ」の医師、桑山紀彦さん。半年ぶりに訪れた街の様子は一変していたと言います。

 「町のど真ん中に着弾した大きな穴が空いて、雨水がたまっていたり、いつも買い物をしていた商店街が粉みじんになっていたりする」(桑山紀彦さん)

 桑山さんが支援に入ったのはエジプトとの境界近く、ラファという町の病院でした。

 「足を撃たれています。今から病院に搬送です。普通のお母さんです」(桑山紀彦さん)

 患者は、直接の攻撃によるものだけではありません。通常の病気の子どもがいても、空爆で病院にたどり着けなかったり、治療が後回しにされたりして手遅れになるケースが多いと言います。救急車もたびたびイスラエル軍の攻撃を受け、救急隊員が犠牲になっています。

 「140kmで飛ばすんです。それは狙撃を避けるためですが、それでも撃たれるかもしれない。でも彼ら(パレスチナ人の救急隊員)は、“そんな事は言ってられない、後ろに病気の人が乗ってるんだからおれ達は前に進む”と、そう言って仕事をこなしているんです。ちなみに、(パソコンの画像を示し)これが同じ道なんですけど、昨日の朝なんですけど、完全に狙い撃ちされた車がこういう状態なんですよね」(桑山紀彦さん)

 桑山さんの映像には、集中的な攻撃を受けた地下トンネルを修復しようとするパレスチナ人の姿もありました。イスラエル軍はエジプト側からの武器調達を阻止するため、攻撃していると言いますが・・・

 「トンネルから入ってくる(理由の)“一番”はガソリンだと思います。救急車もガソリンで動いてますんで、これ(トンネル)は“ライフライン”なんです」(桑山紀彦さん)

 イスラエルが1年半以上にわたって続けている封鎖のため、ガザでは食料から医療物資まであらゆるものが不足しています。

 「ガザの人は“停戦でも何も良くなってない”と言う。これはただの占領が戻ってきただけなんだよと。“国際社会にこれで良くなると思われては困る”、“占領は続いている”と・・・」(桑山紀彦さん)
(21日18:06)

イスラエルのウソ。6カ月前から極秘裏に準備が進められていたガザ全面攻撃

(ガザ空爆関連:翻訳)6カ月前から極秘裏に準備が進められていたガザ全面攻撃
Posted by:情報センター・スタッフ

イスラエル軍による今回のガザへの攻撃が、イスラエル政府が宣伝し、多くの場面でまんまとその通りに報道されている「ハマースのロケット弾攻撃に対する報復」という緊急事態ではなく、6ヶ月も前から周到な準備のもとに計画されていた攻撃であることを伝える記事の翻訳です。この記事が掲載された『ハアレツ』は、イスラエルを代表する新聞です。

6カ月前から極秘裏に準備が進められていたガザ全面攻撃
バラク・ラヴィッド(ハアレツ記者)
ハアレツ、2008年12月28日

長期にわたる周到な準備、徹底的な情報収集、極秘のトップ協議、偽情報による誘導操作──27日(土)朝に始まったガザ地区のハマースを標的とするイスラエル軍の軍事行動、Cast Lead作戦の背後には、こうした様々な工作があった。

意図的な偽情報を流しつづけたことで、ハマースは不意をつかれる結果となり、それが死者数の大幅な増加につながったと、複数の国防省職員は語った。

国防省内の複数の情報源によると、エフード・バラク国防相が軍に今回の軍事作戦の準備開始を命じたのは6カ月前。つまり、ハマース相手の停戦合意交渉を始めたばかりの時に、すでに全面攻撃の準備に着手していたということである。この時、バラクは、停戦がハマースにとって対イスラエル決戦の準備期間になる可能性はあるとしても、イスラエル軍もまた同様に準備期間が必要だと主張したという。

バラクは、ハマースの治安関連のインフラをはじめ、ガザ地区で活動するすべての武装組織の活動拠点・関連施設を突き止める包括的な情報収集活動を開始せよと指令を出した。

この結果、組織の固定拠点、武器庫、訓練キャンプ、組織幹部の居宅、その他関連施設に関する詳細な情報がもたらされた。

1 カ月前(停戦期間中)、パレスチナ武装集団がイスラエル攻撃用の武器・備品調達に使っている(と軍は言っている)トンネルを破壊するために、イスラエル軍はガザ侵攻を敢行し、緊張が高まったが、この時点では、現在Cast Lead作戦で実行されているアクションプランはまだ青写真にとどまっていた。

11 月19日、パレスチナから10数発のカッサーム・ロケットと迫撃砲がイスラエルに撃ち込まれたのを受けて、バラクに、いよいよ作戦実行への最終承認が求められることになった。12月18日(木)、エフード・オルメルト首相とバラク国防相は、テル・アヴィヴのイスラエル軍司令部で、CastLead作戦を承認するための協議を行なった。

だが、ふたりは、停戦協定の期限(12月19日)が過ぎたのちのハマースの攻撃の状況を確認するまで実行を保留することにした。したがって、閣僚たちに計画を明らかにして承認を得るのも先送りにしたわけだが、しかし、ツィピ・リヴニ外相にだけは事態の進行状況を伝えた。

このテル・アヴィヴ会談の夜、首相府の情報源は、メディアを前に、「ガザからの攻撃が続くなら、ハマースとの決戦は避けられないだろう」と語った。週末には、オルメルト内閣の数人の閣僚が、ハマースのカッサーム攻撃に応酬しないことに対してオルメルトとバラクを激しく非難した。

この非難に対し、バラクは「こういうふうにギャアギャア言われていたら、エンテベ作戦や6日戦争は実行さえできなかっただろう」と応じた。水曜(24日)になってようやく閣僚会議が開かれたが、首相府はメディアに対しては、全世界的なジハードをめぐっての協議が行なわれると嘘の情報を伝えた。閣僚たちも、当日の朝になって初めて、実際の協議内容がガザでの軍事作戦に関連するものであることを知った。

[注:エンテベ作戦=1976年7月3日深夜から4日朝にかけて、ウガンダのエンテベ空港で、ハイジャックされたフランスの旅客機にイスラエル軍が奇襲攻撃をかけた事件。6日戦争=1967年6日5 日のイスラエルの先制攻撃で始まった第3次中東戦争。勝敗は6日で決し、これ以降、イスラエルによるパレスチナの全面占領が始まった。]

首相府が出した、この閣僚会議の要約発表では、35のイスラーム組織の非合法化に関して丸々1ページがさかれているのに対し、ガザの状況に関してはわずか1行しか触れられていない。

閣僚会議で実際に行なわれたのは、軍事作戦に関する5時間に及ぶ協議だった。閣僚には実際の作戦行動の様々なアクションプランが伝えられた。「極めて詳細な内容だった」と閣僚のひとりは語った。

この閣僚は続けて、「我々がどのような事態に向かいつつあるのか、これによってどのようなシナリオが現出することになるのか、参加者全員が十全に理解した。自分が何に賛成することになるのかわからないなど、誰にも言うことはできなかった」と語り、さらに、この会議は、2006年の第2次レバノン戦争の際の意思決定者たちのやり方をめぐってのウィノグラード委員会の教訓が、各人の意識に「充分に浸透していた」ことを示すものだったと述べた。

[注:2007年、レバノン侵攻の経緯を調査していた国会の独立調査委員会ウィノグラード委員会が中間報告を発表、開戦決断を軽率と批判し、作戦を立案・指揮したオルメルト首相、アミール・ペレツ国防相、ダン・ハルーツ参謀総長(当時)を強く批判した。]

会議終了時、全会一致で攻撃賛成の決定がなされた。実行の期日は、首相、国防相、外相に委ねられることになった。

バラクは作戦実行に当たる軍幹部らと最後の詳細な詰めの打ち合わせを行ない、リヴニはカイロに飛んで、エジプトの大統領、ホスニー・ムバーラクに、イスラエルがハマースへの攻撃を決断したことを知らせた。

一方で、イスラエルは、ガザ地区への複数の検問所が開かれる、攻撃開始の時期は日曜(28日)にさらに3回の協議を重ねてのちに決定すると、偽情報を流しつづけた。実際に作戦が開始されたのは、日曜の前日、27日である。

「水曜(24日)の閣僚会議ののち、ハマースは司令部の人員をいったん全員避難させたんですが、日曜(28日)まで事態は動かないと聞いて、また人員を戻したんです」と、国防省職員のひとりは語った。

最終決定は金曜(26日)の朝に下された。バラクは参謀総長ガビ・アシュケナージ、国家保安機関シンベト長官ユヴァル・ディスキン、軍事情報管理局長アモス・ヤドリンと会い、その後、オルメルト、リヴニと数時間にわたって最後の協議を行なった。この会議中に、3人は空軍に指令を発した。

野党の党首たちや主要な政治家--リクード党首ベンヤミン・ネタニエフ、「イスラエル我が家」党首アヴィグドール・リーバーマン、メレツのハイム・オロン、シモン・ペレス大統領、クネセット(国会)議長ダリア・イツィクら--に、目前に迫ったガザ攻撃の情報が伝えられたのは、金曜の夜と土曜(作戦実行当日)の朝のことだった。

翻訳:山田和子

原文:Disinformation, secrecy and lies: How the Gaza offensive came about

By Barak Ravid, Haaretz Correspondent

イスラエル軍、パレスチナ自治区ガザに展開していた全部隊の撤退を完了したと発表

イスラエル軍は21日、パレスチナ自治区ガザに展開していた全部隊の撤退を完了したと発表した。
これにより、2008年12月から3週間余り続いた軍事作戦は、一応の終結となる。
ガザ側では一連の攻撃で、一般市民を含む1,300人以上が犠牲になり、住宅4,000戸以上が破壊され、15万人以上が住むところを失った。

 イスラエルが、ハマスと停戦合意をすることなしに、一方的に戦闘行為を停止するという。
 一刻も早く殺戮を止めなければならないことを考えれば停止することそのものは重要なことだ。
 しかし、 問題は占領そのものである以上、何一つ「解決」などしていない。
 占領があるところに抵抗が必ずある。イスラエルは抵抗を弾圧するために、何度でも武力行使をする。これが繰り返されてきた(イスラエルは「抵抗の弾圧」という構図を隠蔽するために、ハマスを挑発して反発を誘い、「報復」という口実を手にしているが)。
 イスラエル軍が駐留を続け、封鎖も継続するというのは、見た目の戦闘行為の一時停止ということにすぎない。「停戦」などではけっしてなく、「攻撃の継続」「軍事行動の継続」にほかならない。
 しかも、「一方的」というのは、いつでも「一方的」に戦闘行為を再開するということであり、また、05年の「一方的撤退」という一方的措置がその後の混乱を生んだという事実も忘れてはならない。

 問題はイスラエルのパレスチナ「占領」だということは、戦闘停止が戦略的に宣伝されているいまこそ、繰り返しておく必要がある。

 また21日の撤退は、アメリカのバラク・H・オバマ新大統領の就任式にあわせたものである、この日にあわせて撤退ができるのであれば、いつでも撤退ができる状態であったことは明白で、このことは、"イスラエルは常にアメリカのことを考えていて、最高のパートーナーである" とでも言いたいのか(オバマ新大統領、オオカミの皮をかぶった悪魔=イスラエルの欺瞞に騙されるな)。

もしそうであるならば、イスラエルに虐殺された1,300人以上の人たちは、彼ら(ユダヤ人)が好む生け贄(ホロコースト)なのか、そうだとするとあまりにも惨い仕業である。これから先もまだまだ、イスラエルの動向を見極めなければ、何をしでかすかわからない。
 ガザで医療活動をしているフランス人の医師が ”10歳の少年が救急搬送されてきたが、頭を撃ちぬかれて既に死亡していました。どうみても、彼の頭を狙い撃ちにしたとしか思えない。こんな状態の子供を数人確認しました。医者と言うより人間として、イスラエルのこの非人間的行為は、断じて許されるものではありません。” イスラエルのこの国家的快楽殺人を、これから先も止めることはできないのであろうか・・・・

 yusuke

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